『まる901』のつぶやき

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zoom RSS スタンスの違いというのは神事にも現れるもの。

<<   作成日時 : 2017/05/15 12:17   >>

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今回の神輿渡御という神事へ参加させてもらった際に考えさせられた事のひとつに、祈祷と一般の祝詞との違い。
祈祷の場合、事前に”祈祷所”として申請を行っておいて神官の方に祈祷してもらうわけですが、一般の祝詞との形式の違いはその場で神輿を止めて祭壇がある場合はその祭壇にて祝詞を奏上する事と、笛による伴奏(?)がつくくらい。
一緒に回った氏子総代さんから”まるさん所は祈祷してもらわんが?”と聞かれたり、嫁さんから”一般の祝詞と何がどう違うの”との疑問に対して的確に答えられなかったので、ちょっと考えてみました。

一般の祝詞の場合は、お米などを寄進するお宅の玄関先で祝詞を上げるのですが”祈祷所”となっている家庭の軒先には、祭壇が設けられている家もあり(たぶん、それが正式なのだと思います)、そのような家庭の場合、神官の方が祭壇にて祝詞を上げておられました。
裏を返せば、祈祷所となっている場所というのは輿に乗って1軒1軒を回る神様に対して”どうぞ、我が家で一休みして下さい。”というおもてなしの気持ちを表し、その気持ちに対するお礼の形がご祈祷という事なのかな?
そういう意味では、私なんぞご奉仕させていただく事で修行を積ませていただいている身ですから、まだまだ神様をおもてなし出来るほどの者ではなく、我が家がご祈祷所となれるはずもない。

初穂料のみの家庭に対しては、祝詞も無く神輿は素通り、寄進してくれるところに対しては、一旦停止して輿からその家を一瞥し、祈祷所となっている家庭には一度おあがりになる・・・。

つまり、受け入れる側のスタンスの違いが結果として祝詞の上げ方の違いとなって現れているという事なのだと思う。
古臭い言い方かもしれないけど、そのスタンスこそが”家柄・身分の違い”って事なのかもしれない。
もちろん神社のお祀りですから、あくまでも宗教行事とういことになるので信仰する宗教が異なれば受入れがたい人もいるだろう。
その地域に住む者すべてが”氏子”とされ、当然のように町内単位で”初穂料”などを集められるけど、その地域に住む者が必ずしも参加しなければならないというものではない。

そういう意味では、私自身もたまたま氏神様を祀る神社の神官との縁があり参加しているだけで、本当に信仰心があるわけでもなく、精神修養も出来ていない中途半端な身の上だと思う。








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