人は過ちを犯すものだと思う。

前にも書いたかもしれないけど、最近の傾向として何か過ちを犯した人に対してその人の人格そのものを完全に否定してしまうような発言をする人が多いような気がする。
さらには、過ちを犯した人の職責を問い、社会から抹殺してしまおうとする風潮がより強くなってきていますね。
本当にそれでいいのだろうか?
確かに過ちを犯した事そのものは悪い事かもしれない。
けれど、そのことを悔い改めて、その過ちの経験を良い方向へ活かせるのだったら決して悪い事ではないような気もするのです。

宗教的に見ても、キリスト教や仏教では人間は過ちを犯すものだとされています。
キリスト教のように懺悔したり、仏教のように仏に帰依する事で、犯した罪を悔い改めることによってその罪は浄化されという考え方もあります。

過ちを犯した人には罰を与えるというのはどう考えても幼稚な気がしますし、運動部のしごきや、しつけと称して体罰を加える事を禁止しようとする現代の流れに逆行する事のような気もします。

昔の偉人の言葉に『罪を憎んで人を憎まず』という言葉もあります。
自分も含めて人間というものは過ちを犯すものだと考えれば、過ちを犯した人の事を理解し、その過ちを許すことも出来るのではないかと思います。



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