『まる901』のつぶやき

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zoom RSS 形じゃなくって気持ちだよね。

<<   作成日時 : 2017/05/15 09:24   >>

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この歳になると様々な神事や仏事に携わる機会も増え、それらの作法も少しずつ身についてくるものです。
昨日参加させてもらった神輿渡御でも、神事として神殿から御霊を輿に乗せるお祀りからはじまり、お米などを寄進してくれる先では祝詞をあげながら氏子を1軒1軒練り歩き輿から再び神殿へ御霊を戻すまでの一連のお祀りが行われていたのですが、これを神から仏に置きかえると禅宗の托鉢と全く変わらない事なんですね。
その違いは、祀り上げる対象が”神”なのか”仏”なのか・・・。

また、僧たちの修行として行われる托鉢に対して、神輿渡御はお祭り(祀り)として行われるという違いもある。
春の大祭というのは、田植えが行われるこの時期に農作物の豊作(五穀豊穣・家内安全)を願って行われるもの。
そういう意味では、農業とは程遠い生活を営んでいる現代の私達においては、形だけが残った単なるイベントとして捉えられてしまいがちなんじゃないかとも思う。
”わざわざ寄進するお米を用意して花代を包んでまで神輿を待っているのも面倒だし、事前に初穂料を渡してるんだから・・・”てな感じで義務さえ果たせば関係ないと捉えている人も多いと思う。
確かに、お祭りというものも現代の私達の生活形態と共に少しずつ形を変えて行っても良いのではないかという気がする。

いずれにしても、”先ずは形から・・・”とはいうものの、形式だけを伝承して本来の意味を見失ってしまっては本末転倒という事になってしまうのだろう。
きっと、大切なものは行事としての形式なのではなく、”何のために、誰のために”執り行うものなのかという気持ちの問題なんじゃないかなと、神輿渡御という神事に参加させてもらってみて改めて感じさせられました。








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